教会ブログ

教会のイベント等のブログです。

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3月30日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

ファリサイ派の人たちはヘロデ派の人たちと結託して、イエスさまを陥れようと質問します。「皇帝に税金を納めるべきですか」と。イエスさまは銀貨を持って来させて「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と答えられました。

 イエスさまは納税することを認められましたが、神のものは神に返しなさいとも言われました。それぞれの国の憲法や税金には従うべきですが、神を信じることができなくなるような圧力があれば、信仰を守るようにと言われたのです。皇帝は神でもないし絶対ではありません。絶対的なお方は神のみです。そしてすべては神によって成り立ち、神にお返しすることになります。神を信じるという第一のことを第一にし、すべては神にお返しするという信仰をもって生きて参りましょう。

2025年3月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

3月23日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

ある安息日(土曜日)にイエスさまは、神殿に入ると手の不自由な人を癒されました。その時人々は悪意をもってイエスさまに注目していました。それを察してイエスさまは「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか、命を救うことか、殺すことか」と言われました。

 安息日に困っている人を助けず何もしないでただ他人を切り捨ててしまうのではなく、愛の心をもって隣人を助け、思いやることが大切だとイエスさまは律法を正されました。隣人を助け、思いやることで神さまは喜ばれるのです。

イエスさまは、愛をもってどんな時でも困っている人たちを思いやって助けてくださる真のメシアであられます。そして、私たちもイエスさまが今でも思いやって助けてくださるのです。

2025年3月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

3月16日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

ある安息日(土曜日)にイエスさまの弟子が、麦を摘んでいると、ファリサイ派の人たちは、麦を摘むことが律法違反になると文句をつけてきます。イエスさまは「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」と答えられました。

 律法は人を追い込んで苦しめるためにあるのではなく、人を生かすためにあるのだ、とイエスさまは言われました。イエスさまは安息日の主として律法を正され整えられたのでした。私たちのイエスさまは、私たちを真に生かすメシアであられます。このお方にゆだねて共にほめたたえましょう。

2025年3月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

3月9日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

イエスさまは徴税人レビを弟子にすると、レビはイエスさまを食事に招きます。するとファリサイ派の人たちは「なぜ、罪人である彼らと食事をするのか」と文句をつけてきます。イエスさまは「私が来たのは正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と答えられました。イエスさまは、自分は正しいことをしていると誇っている人たちを招くのではなく、自分は弱く罪深い者であると認めて、イエスさまを信じる人たちを天国に招き入れて下さるのだ、と言われました。罪人であると認めイエスさまを信じる弱い私たちには、天国に招き入れられていることで神さまの惜しみない愛が注がれているのです。

2025年3月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

2月23日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

人々はイエスさまに祝福してもらうために子どもたちを連れてきましたが、弟子たちはそれを妨げて叱りました。すると、イエスさまは「子どもたちを来させなさい。妨げてはならない。天国はこのような者たちのものだ」と言われ、手を置いて子どもたちを祝福されました。

イエスさまのところに近づくことは誰にでもできると、イエスさまは言われました。イエスさまの祝福(恵み)は、求める者に誰にでも与えられるのです。当時小さく価値のない者と見なされていた子どもでさえもイエスさまのところに近づくことをイエスさまご自身は喜ばれるのです。ここに愛があります。私たちも子どものようにただイエスさまに近づいて身を任せて、イエスさまに恵みを頂いていると信じて歩みましょう。

2025年2月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka