日曜学校ブログ
活動報告
- 苦しみの意味、悲しみの意味
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校長の名古屋恒彦です。
今日(2026/03/15)も受難節の単元「イエスさまの苦しみ」を学びます。
聖書は、ヨハネによる福音書7章1~9節です。
「今週の聖書の言葉」アップします。
ヨハネによる福音書を読んでいくと、イエスさまが正しい愛のはたらきをしてくださればしてくださるほど、憎まれたり、見下されたり、ということが続いていきます。
この道の最後に十字架があります。
イエスさまが、苦しみ、悲しむ道を歩んでくださったのは、私たちの苦しみや悲しみをともにしてくださるため、そして何よりも私たちの罪のさばきを代わりに受けてくださるためです。 - イエスさまの孤独
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校長の名古屋恒彦です。
今朝(2026/03/08)は一瞬大粒の雪が降りました。今は青空。
今日も受難節の単元「イエスさまの苦しみ」を学びます。聖書は、ヨハネによる福音書6章1~15節です。
「今週の聖書の言葉」アップします。
およそ5000人の人に食べ物をくださり、愛を示してくださったイエスさまです。
でも、およそ5000人も人がいるのに、その愛を理解する人はいませんでした。
ひとりで(そうです、ひとりで、です!)山に退かれたイエスさまの孤独の悲しみや苦しみを思います。
それでも人々を本当に罪から救うために、イエスさまは孤独や悲しみ、苦しみを経験してくださったのです。私たちも神さまの愛をいただいていながら、それを理解しないことはないでしょうか。
そんなダメダメな私たちもイエスさまは愛してくださっています。 - 愛の行いが憎しみを生むということ
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校長の名古屋恒彦です。
今日も受難節の単元「イエスさまの苦しみ」を学びます。
聖書は、ヨハネによる福音書5章1~18節です。
「今週の聖書の言葉」アップします。
正しいことを、愛の行いをしているのに、人々から憎まれるというイエスさまの苦しみを思います。
罪人の私たちには想像もできない苦しみであったと思うのです。
神さまであるイエスさまがそこまで苦しまれたのは、私たちを罪のさばきから救うためだったこと。
そのことも思う受難節です。
ぜひあなたも、この受難節の時節に、お近くの教会を訪ねてみてください。 - 受難節
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校長の名古屋恒彦です。
今日(2026/02/22)から受難節の単元「イエスさまの苦しみ」を学びます。
先週の水曜日からイースター(今年は4月5日(日)です)前日までが受難節です。
イエスさまの十字架の苦しみを思う時節です。聖書は、ヨハネによる福音書2章13~22節です。
「今週の聖書の言葉」アップします。
みんなが集まって神さまを賛美する喜びの場所であるはずの父なる神さまの神殿が、商売の場所にされていたことに、イエスさまはどんなに苦しい思いをされたでしょうか。
そのことに思いを向けて聖書を読んでみると、イエスさまの苦しみの意味が見えてくるように思います。
受難節。
イエスさまの苦しみが私たちの救いのためであったことを、共に学んでいきましょう。 - イエスさまの言葉の力
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校長の名古屋恒彦です!
今朝の盛岡は氷点下ですが、これから暖かくなりそう。
今日で単元「イエスさまのお言葉」は最終回。聖書は、マルコによる福音書1章21~28節です。
「今週の聖書の言葉」アップします。
言葉って目に見えないですけれど、力がありますよね。
私たちの言葉だって、たった一言でだれかを優しくしたり、悲しませたりできます。
イエスさまのお言葉は、私たち人間の言葉とは比べることができない力があります。
それは私たちを罪の苦しみから救う力です。
聖書には、イエスさまの言葉があふれています。
ぜひあなたも、聖書を通して、あなたを救うイエスさまの言葉に出会ってください。来週からは、イエスさまの十字架の苦しみを思う受難節が始まります。