主の2022年1月23日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

旧約聖書の時代から長い間待たれていた救い主が来て下さるという約束がイエスさまが来られたことで本当になったと神の子であるイエスさまご自身が言われます。これが、福音であり、よい知らせです。このよい知らせに身を置いて生き続けなさいとイエスさまは呼びかけます。更に悔い改めをもってとも言われます。自分の罪を認めて、自分中心に生きることをやめて神さまのところに戻るのです。これは私たちがイエスさまに最後まであきらめずに信頼して生き続け、イエスさまの言葉に聞き従い、感謝して生き続けることです。私たちは、この呼びかけに応えて、終わりまでイエスさまに信頼して、イエスさまの言葉に聞き従って生き続けてまいりましょう。

2022年1月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

2022年1月16日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

神の子であられるイエスさまは、低くなられ、洗礼を受けられました。続いてイエスさまは、サタンの誘惑に遭われました。サタンの誘惑に遭われたイエスさまは、サタンに打ち勝ちました。サタンの誘惑は、私たち人間だけの力では勝つことができません。私たち人間にできないことをイエスさまは私たちのためにサタンに勝ってくださいました。

神の子イエスさまは、私たちのために洗礼を受けられ、サタンに打ち勝ってくださったのでした。低くなられて、サタンに打ち勝つイエスさまが神であられ、私たちの救いの源であると信じ、今週もイエスさまをほめたたえましょう

2022年1月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2022年1月9日(日)朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

今から2000年前、イエスさまはヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けました。イエスさまが洗礼を受けると、天が裂けて、聖霊が鳩のように降りてくるのをイエスさまはご覧になりました。普通ではありえない神さまの働きがこのイエスさまの洗礼を通して起きたのです。そして神ご自身がイエスさまを私の子、神の子と宣言され、十字架にかかられて私たち人間の罪を取り除いて下さるという御心に適ったお方だと宣言されたのでした。洗礼を通してイエスさまは、私たち罪人と同じ位置に入られ、低くなって人となってくださったのです。神さまはイエスさまを通して低くなられ、私たちのそばにおられるお方なのです。低くなってくださったイエスさまが神であられ、私たちの救いの源であると信じ、今週もイエスさまをほめたたえましょう。

2022年1月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2022年1月2日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

今から2000年前、ヘロデ大王がイエスさまの命を狙っているというお告げがあり、父ヨセフはお告げ通りエジプトに避難していました。ヘロデ大王が亡くなり、ユダヤに戻るようにとのお告げがあり、父ヨセフはその通りにしました。しかし、ユダヤではヘロデ大王の息子で残忍なアルケラオが父の跡を継いでおり、父ヨセフはヘロデ大王のようにイエスさまの命を再び狙うのではないかと心配しました。すると、父ヨセフにガリラヤのナザレに住みなさいというお告げがあり、イエスさまは、ナザレに公の宣教活動をされる30歳ごろまで住まわれ、神の導き通り「ナザレのイエス」と呼ばれるのでした。イエスさまは、本当に2000年前にナザレにおられたお方であり、父なる神は、ナザレに住んでいた神の子イエスさまを救いの源とされたのです。今年もナザレのイエスさまを救いの源として信じ、ほめたたえましょう。

2021年12月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2021年12月26日(日)朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

今から2000年前、荒野で暮らし、らくだの毛衣を着て、腰に革の帯を締めて、いなごと野蜜を食べていた洗礼者ヨハネがいました。当時彼が着ていた物や食べ物は、預言者を象徴するものでした。それで、ユダヤの人たちは、洗礼者ヨハネのことを預言者と思い、彼を通して罪を告白し、悔い改めの洗礼を受けていました。洗礼者ヨハネは、神の道(イエスさまの道)を準備し、整えるために悔い改めの洗礼を授けていました。

 神であるイエスさまが大いなる喜びであり、神の子イエスさまが救いの原点(源)だという道をヨハネが先導して指し示したのです。イエスさまが救いの原点(源)であると信じるためには、私たち人間において悔い改めが不可欠であります。自分を見つめて、自分は弱く、罪深い者であることを認め、神に目を向けて生きるという生き方を洗礼者ヨハネは示したのです。私たちも悔い改めを通して、イエスさまが、救いの源であり、すべてであることを信じて、一年の恵みを感謝し、来年に向けて生きてまいりましょう。

2021年12月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2021年12月19日(日)朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

今から2000年前(BC4年頃)、ローマ皇帝が人口調査をするため、ヨセフとおなかに赤ちゃんがいるマリアは、ベツレヘムの故郷に帰り、ベツレヘムでイエスさまはお生まれになりました。イエスさまの誕生が最初に知らされたのは、当時身分の低い羊飼いたちでした。「大きな喜びを告げる。あなたがたのために救い主、主メシアがお生まれになった」と天使は羊飼いたちに神さまの最大の事実を告げました。神さまが私たちに恵まれる最大の喜び(福音)が、イエスさまが生まれたこと(来られたこと)であり、イエスさまが来られたことで救いの約束が本当になったのです。神と私たちを結び合わせ、罪を赦し、天国に連れていって下さる救い主イエスさまがこの世に来られたことで、私たちの救いの約束が確かなことになったのです。この最大の恵みを覚えてクリスマスをお祝いいたしましょう。

2021年12月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2021年12月12日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

今から2000年前、ヨセフという人物がナザレに住んでいました。結婚する前にマリアが聖霊において身ごもっていることが分かり、ヨセフはマリアのことだけを考えて婚約を解消しようと思っていました。ある日、ヨセフのところに天使が現れ、「恐れずマリアと結婚しなさい。聖霊によって身ごもった男の子をイエスと名付けなさい」と言われ、さらに天使は、2つのお告げを告げます。イエスさまが神の民を罪から救うお方であること、イエスさまはインマヌエル(神は私たちと共にいる)と呼ばれるお方だというお告げでした。イエスさまが私の罪を赦して天国に連れて下さる唯一のお方であり、そのお方は今でも私のそばにおられるという事実がここにあります。だから、クリスマスは私たちにとって喜びなのです。この恵みを覚えてクリスマスを迎え入れましょう。

2021年12月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2021年12月5日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

 今から2000年前(BC4年ごろ)、ヨセフと婚約していた16,17歳のマリアがナザレに住んでいました。ある日、マリアのところに天使ガブリエルが現れ、「おめでとう、マリア。あなたは男の子を産み、その名をイエスと名付けなさい。その子は神の子であり、この地上を治める本当の王となります」と告げました。マリアは、疑うことはせずに、それがどのようにして本当になるかと、天使ガブリエルに尋ねます。すると天使ガブリエルは、イエスは神さまの直接な働き、聖霊において生まれる、神は何でもできるお方です、と告げました。マリアはこのお告げを聞いて「私は主の奴隷です。お言葉通りこの身になりますように」と述べます。マリアは、自分が自分自身のものではなく、神さまに仕える奴隷に過ぎないということを告白し、神さまの一方的な恵みを素直に受け止めたのでした。私たちもマリアのように、自分は神さまに仕える奴隷であるということを覚えつつ、神の子イエスさまが来られるという神さまの最大の恵みに心から感謝して、クリスマスを迎え入れましょう。

2021年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2021年11月28日(日)朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

今から2000年前(BC4年ごろ)、年老いた立派な祭司ザカリアが神殿に仕えていました。妻はエリサベトといい、後継ぎがいませんでした。ある日、ザカリアは、生涯に一度しかない祭司の務めである香をたくという仕事をすることになりました。すると、天使ガブリエルが香壇の右に立って「恐れるな、妻は男の子を産み、その名をヨハネ(主は恵み深い)と名付けなさい。その子は親だけではく、多くの人たちの喜びとなる。多くの人たちを神の前に立ち返らせ、主イエスのために救いを用意するからだ」と告げました。このお告げにザカリアは、素直に受け取ることができず、信じることができませんでした。そこで、ザカリアはヨハネが誕生するまでしゃべることができなくなってしまいます。

 ヨハネは、主イエスのために救いを用意します。この用意の中で救い主イエスさまが来られ、救い主が来られるという神の約束が本当になるのです。この神さまの導きを心から賛美し、クリスマスを迎え入れましょう。

2021年11月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka

主の2021年11月21日朝のみんなの礼拝メッセージ(要約)

今から2600年前(BC567年)、南ユダ王国の最後の王は、ゼデキヤでした。彼は神の目に悪とされることをことごとく行った王でした。当時最強であった新バビロニア帝国(バビロン)にゼデキヤは反旗を翻したことで、神の怒り(さばき)において、南ユダ王国は滅びるのでした。エルサレムの家々はことごとく焼き払われ、神殿も破壊され、神殿の備品も奪い取られてしまいました。イスラエルの民たちは、捕虜(奴隷)となってバビロンに連れて行かれました(バビロン捕囚)。国が滅び、神殿も跡形もなく奪われ、民たちにとって決して忘れることのできない出来事、暗い出来事でありました。神は怒りさばかれるのですが、民たちを皆殺しにはしないで、民たちを残されました。神の民を救うという神の約束において民は残されたのでした。この暗い出来事の中に光がありました。この光があったからこそ、イエスさまが地上に来られるのでした。暗い出来事の中に光があった。神はどんな時でも光を与え導かれるお方です。そのことを覚えて今週一週間、生きていきましょう。

2021年11月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : rcjmorioka