日曜学校ブログ
活動報告
- 少年ダビデ
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校長の名古屋恒彦です。
梅雨明けが待たれる今日(2020/08/02)です。
先週、岩手県でも新型コロナウイルスの感染が報告されました。
今週から、集まっての日曜学校はしばらくお休みにしました。
感染した方々を元気にしていただけるように、そしてまた日曜学校にみんなを集めてくださるように、神さまにお祈りします。礼拝は、新しい単元「少年ダビデ」がスタートです。
サムエル記上16章1~13節からの学びです。
神さまは、少年ダビデを王として選ばれますが、それはダビデの外見が素晴らしかったからではなく、神さまが心をご覧になったからです。
このダビデは成長してイスラエルの歴史に名を残す王となり、約1000年後、ダビデの子孫としてイエスさまがお生まれになります。 - ヨシュア
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7月からは、ヨシュアを学び、今日がファイナルです。ヨシュアは、モーセのあとを引き継いで、イスラエルの人たちを、
約束の土地カナンに導き入れた人です。そして、 高い城壁で囲まれたエリコの町からはじまり、 カナンのいろいろな町の人々を追い出してくださったのは、 みな神様でした。 神様がヨシュアやイスラエルの人たちと共にいてくださり、 いつも助けてくださったからでした。 その後、イスラエルの人たちは、部族ごとに分かれてカナンの地に住むようになりました。ヨシュアは、老人になりました。最後に、イスラエルの人たちに伝えたいことを伝えるために、 イスラエルの民全部を呼び集めました。そして、 「今日までしてきたように、ただあなたたちの神、主を固く信頼せよ(ヨシュア記23章8節)」 と、いいました。ヨシュアが最後にどうしても伝えたかったことは、 ただ神様だけを信じ、信頼して、 今までヨシュアとイスラエルの人たちが生きてきたように、 これからも生きて行きなさいということです。 神様を信頼して生きることは、わたしたちにも当てはまる大切な生き方です。 アクティビティでは、麦を刈ったあとの畑の作業をしました――麦の切り株をはさみで細かく裁断し、根を掘り出し、 柔らかくなるようにシャベルで土を崩しました。 次にいつでも植物が植えられるような準備をして、夏の始末を終え、アクティビティも単元を閉じました。(報告: 名古屋理恵) 


- 命を育む難しさに学ぶ
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校長の名古屋恒彦です!
梅雨空が続く盛岡ですが、今朝(2020/07/19)はひととき青空が広がり、夏の暑さが戻ってきました。
今日(2020/07/19)の日曜学校礼拝では、単元「ヨシュア」を学びました。
神さまが、エリコの町でしてくださった奇跡を通して、神さまを信じて行動することの大切さを学びました。アクティビティは、単元「麦の収穫と夏野菜作り」。
今日は残った麦の収穫を一斉にしました。
今年は低温、梅雨の長雨、鳥の食害と、厳しい条件の中での麦作りが続いています。
命を育む難しさを神さまに教えていただいています。
どんなときでも神さまは私たちに必要なことを教えていてくださることを実感します。
神さまに感謝です。 - 神さまが共にいてくださる
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校長の名古屋恒彦です!
朝まで激しい雨が降り、災害が心配される日曜日(2020/07/12)の日曜学校でしたが、神さまに守っていただき、新型コロナウイルスでしばらく来られなかった仲間も集まれ、感謝でした!!
雨もアクティビティの時間だけはあがり、活動することができました。礼拝は、単元「ヨシュア」。
イスラエルの人たちが、いよいよヨルダン川をわたり、約束の土地に足を踏み入れたことを学びました。
神さまは、ヨルダン川の水をせき止める奇跡によってイスラエルの人たちに道を作ってくださいました。
神さまは、いつも共にいてくださり、導いてくださるのです。アクティビティは、単元「麦の収穫と夏野菜作り」。
キュウリの苗をバケツに植えました!!
生長が楽しみです。
- 「強く、雄々しくあれ」
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校長の名古屋恒彦です!
今日(2020/07/05)は、梅雨の小雨が時々降る盛岡ですが、日曜学校は元気です!!
礼拝では、今日から新しい単元「ヨシュア」がスタート。
モーセの後継者となったヨシュアに、神さまは、「強く、雄々しくあれ」と言われます。
神さまがいつも共にいてくださるから、私たちは強く、雄々しくあれるのです。アクティビティは、引き続き単元「麦の収穫と夏野菜作り」です。
今日は小雨の合間を縫って、花壇のニンジンの間引きとイネの追肥をしました。
間引きとはいえ、おいしそうなニンジンがたくさん穫れました。
教会に来られた人たちに礼拝後、お裾分けしました。

ところで、先週、まだ青みがあったため収穫しなかった麦は、なんとカラスに見つけられずいぶん食べられてしまいました。
無事だった麦の中にも雨のためカビが生えて収穫できなくなったものもあります。
なんとか元気な麦を少しでも多く収穫したいと思いますが、植物を育てること、自然と向き合うことの難しさをいつもながら痛感します。
だからこそ、命を育んでくださる神さまの恵みに感謝です。