日曜学校ブログ

活動報告

葉物の収穫完了!!

校長の名古屋恒彦です!

教会では、レント(受難節)の時節を過ごしています。
イースターを前に、イエスさまが私たちの罪の身代わりに十字架にかかって死んでくださった歩みを覚える時節です。
日曜学校礼拝単元「イエスさまとファリサイ派の人たち」では、今日(2020/03/29)も、そのことを覚えて学びました。
ファリサイ派の人たちのイエスさまへの妬みや憎しみは、やがてイエスさまを死刑(十字架刑)にするまでに至ります。
そのような妬みや憎しみの中でも、イエスさまはファリサイ派を含め、人々に神さまの愛を伝え続けられたのです。

アクティビティは、単元「イースターに向けて、花壇をきれいにしよう!!」。
今日は曇り空の下、花壇で葉物の収穫をしました。
冬の間、不織布のトンネルの中で育ってきた葉物(ホウレンソウと小松菜)をすべて収穫。

青々と元気に育った葉物たちは、みんなの礼拝の後、礼拝に来られたみなさんにプレゼントしました!
葉物を収穫してきれいになった花壇に、みんなで肥料をまき、次の作付けの準備もしました。
トンネルの中で一緒に冬を越したチューリップたちも元気に育っています。
花壇が、花や緑でいっぱいになることが楽しみです。

 

春菜の花

校長の名古屋恒彦です!

レント(受難節)のこの時期、日曜学校では、イエスさまの十字架への歩みを学んでいます。

今日(2020/03/22)の日曜学校礼拝では、単元「イエスさまとファリサイ派の人たち」を引き続き学びました。
イエスさまの時代、聖書にある神さまの教えには、人間が勝手に作った掟がたくさん付け加えられていてしまっていました。
人を救うための愛に満ちた神さまの教えに、人間が勝手に加えた決まりがたくさんくっついて、規則ガチガチになってしまっていたのです。
ファリサイ派と言われるグループは、そのような人を縛り、苦しめる決まりを神さまの教えと同じように教えていました。
でも、神さまの教えは、わたしたち人間に対する愛が溢れたものです。
イエスさまは、神さまの本当の教え、愛に満ちた教えが大事であることをファリサイ派の人々に教えてくださいました。
それでもファリサイ派の人々は、自分たちの教えを否定するものとしてイエスさまを憎むようになります。
イエスさまは、ファリサイ派の人々の憎しみの中でも、神さまの愛を説かれました。
神さまの子どもであるイエスさまが、自ら憎しみを受ける苦しみを担われることをいとわず、わたしたちに救いのために地上に来てくださったことに、神さまの愛の大きさを思わされます。

アクティビティ単元「イースターに向けて、花壇をきれいにしよう!!」はあいにくの雨で外では活動できませんでしたが、屋内で苗ポッドに、小松菜、ホウレンソウの種まきをしました。
同じく屋内のプランターで育てていた春菜にきれいな花が!
食べるか、花を咲かせるか、で相談したところ、花を咲かせることに決定!
小さな黄色い花がこれから教会の玄関を飾ってくれることになりました。
地域のみなさま、どうぞお気軽に春菜の花を眺めに来てください。

イエスさまの苦しみ

日曜学校教師の安江です。

今週日曜日(2020/03/15)の岩手県盛岡市は、まだまだ肌寒いですが、花壇のホウレン草と一緒に少しだけ頭を出したスイセンが春の訪れを感じさせる晴天の中、日曜学校の子どもたちの元気な讃美歌に包まれながら、アクティビティでビオラやパンジーを植えてイースターの準備をしました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年3月15日の日曜学校の単元は先週に引き続き「イエスさまとファリサイ派の人たち」です。新約聖書のマルコ3章1節から6節まで読み、その中での今日の聖句は、マルコによる福音書3章4節「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」でした。

今日の箇所からは、主イエスが安息日に会堂にお入りになった時の出来事を通して、安息日の意味やファリサイ派の人たちの憎しみについて学びました。先週に引き続き、今週も「安息日」とはなんでしょうか?と子どもたちに問うたところ、すぐに「神様に祈る日!」と元気な声で答えてくれました。準備した答えは必要ないと思うほど、純粋で真っ直ぐな応答に嬉しくなりました。子どもたちには、「その通り!安息日というのは、神様が定められた日です。6日の間はお仕事をして、7日目は神様を賛美する日です。」と伝えました。

次にファリサイ派の人たちの憎しみについて学ぶときです。このときに静止画を壁に写し、「ファリサイ派の人たちは、どこに目を向けていたのか?」と問うたところ、「指を差している」と答えがありました。子どもたちには、ファリサイ派の人たちが自ら正しいことをしているという思いを強く持っていたことと、神様を見ないで律法を絶対視して他人を罰することに熱心になったことにより引き起こされたものが憎しみであることを伝えました。そして、私たち人間は、ファリサイ派の人たちのような憎しみを持ち合わせていることや、会堂の人たちの沈黙のような頑なな心があることも伝えました。

このように、子どもたちは今日のこのメッセージを通して、イエス様が常にこうした悪意や殺意の中で過ごされてきたことを覚えた『レント』でした。わたしも、日々の中で「善を行うこと、命を救うこと」を心から行えるよう神様にお祈りしたいと思います。

ホウレンソウ収穫!

校長の名古屋恒彦です!

シジュウカラの声に春を感じる空気の中、今日(2020/03/08)も元気に活動しました。

礼拝は、単元「イエスさまとファリサイ派の人たち」。
安息日(今の日曜日、当時は土曜日)に仕事をすることを厳しく禁止するファリサイ派の人たちに対して、神さまは安息日を、人を縛るためではなく人のために定められたのだと、イエスさまが教えられたことを学びました。
日曜日(安息日)は、今も神さまの愛が溢れる日なのです。
このブログを読んでくださっているみなさまが、日曜日にはお近くの教会に行かれて、神さまの愛に出会ってくださることを願っています。

アクティビティは、単元「イースターに向けて、花壇をきれいにしよう!!」。
花壇や畑に肥料をまいたり、雑草を抜いたりして、手入れをしました。
そして、冬の間室内で元気に育ったバケツのホウレンソウをみんなで収穫しました!!
神さまがくださる春の恵みを感じます。

レント

校長の名古屋恒彦です。

今日(2020/03/01)から、教会ではレント(受難節)に入りました。
4月12日(日)のイースター(復活日)に至るまでの、イエスさまの十字架の愛を覚える時節です。

レントに入り、日曜学校も新しい単元がスタートしました。
礼拝では、単元「イエスさまとファリサイ派の人たち」が始まりました。
イエスさまと、イエスさまを妬み憎むファリサイ派の人たちとのやり取りを通して、イエスさまの愛の教えと、ファリサイ派のイエスさまへの憎しみを学びます。
ファリサイ派の憎しみは、やがてイエスさまを十字架につけることにつながるのですが、そのような人間の罪の思いを超えて、イエスさまの十字架は、神さまの救いの大きなご計画であり、私たちの罪の裁きの身代わりとしてイエスさまご自身が選ばれた道であったことを深く学びたいと考えています。
今日は、マルコによる福音書2章13~17節から、イエスさまが罪人を愛し、救ってくださる方であることを学びました。イエスさまのお言葉「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マルコによる福音書2章17節)に、イエスさまの愛が溢れています。

アクティビティも新しい単元です。
風はまだ冷たいですが、日差しは春。
単元「イースターに向けて、花壇をきれいにしよう!!」です。
冬の間、雪の下にあった花壇等の手入れを久しぶりに行いました。
雪よけの不織布を外すと、花壇では葉物が元気に育っていましたし、花の芽も出始めていました!
そしてなんと、冬前に収穫したニンジンがまだ残っていて、元気に育っていました!!!
麦畑では麦踏みもしました。
盛岡教会日曜学校の今年の畑仕事が元気にスタートしました。